校長日誌

2025年9月の記事一覧

力をつけるとき

  学校は今、実りの秋にふさわしい活気に満ちあふれています。 2年生は、明後日から心待ちにしていた北海道への修学旅行に出発します。雄大な自然や歴史、文化に触れる中で、仲間との絆を一層深め、生涯の宝となるような経験を積んできてくれることを期待しています。学校の中核を担う学年として、この旅を通して一回りも二回りも大きく成長してくれることでしょう。

  3年生は、自らの進路実現のため、受験勉強に本格的に打ち込む大切な時期を迎えました。最上級生としての落ち着きと真剣な眼差しで机に向かう姿は、後輩たちの素晴らしい手本となっています。

  また、1・2年生が主体となる部活動の新人戦も間近に迫ってきました。夏の厳しい練習を乗り越え、新しいチームで一丸となって練習に励む生徒たちの姿は、実に頼もしく映ります。そして10月中旬には、全学年が中間考査に臨みます。日々の学習の成果を確かめる大切な機会です。

  修学旅行、受験勉強、新人戦、中間考査。学年ごとに挑む舞台は様々ですが、これらはすべて、生徒の皆さんが自らの「力をつける」ための絶好の機会に他なりません。私は、その力の根幹をなすのは、まず「学力」という揺るぎない柱であると考えます。物事を論理的に考え、知識を応用し、未知の課題を解決していく力。この学力こそが、皆さんの将来を支える確かな土台となります。

  しかし、私たちは一人で生きているわけではありません。仲間と協力し、時には意見を戦わせ、互いを尊重しながら一つの目標に向かう。修学旅行や部活動といった学校生活のあらゆる場面で求められる、この「対人力」もまた、学力と同じくらい重要な力です。

  学力という確かな「柱」を立て、そこに対人力という豊かな枝葉を伸ばしていく。この両輪がバランスよく育まれたとき、皆さんの可能性はどこまでも広がっていきます。皆さんが秘めている力に、限界などありません。一つひとつの挑戦を大切に、自分自身の無限の可能性を信じて、力強く歩んでいってほしいと切に願っています。

  保護者の皆様におかれましては、日頃より本校の教育活動に深いご理解とご協力を賜り、心より感謝申し上げます。多感な時期にある生徒たちが、自らの力を存分に伸ばしていけますよう、引き続き学校と家庭とが連携を密にして、生徒たちの成長を見守ってまいりたいと存じます。

  季節の変わり目、皆様どうぞご自愛ください。

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コートに弾む感謝の気持ち

   

    秋空のもと、本校に嬉しい贈り物が届きました。地域が誇るプロバスケットボールチーム「埼玉ブロンコス」様が来校され、男子・女子バスケットボール部に新しいボールを合計8個もご寄贈くださいました。

 校長室での談話では、チームの地域への想いなど貴重なお話を伺うことができました。その後、体育館で行われた贈呈式では、プロのコーチとスポンサーを前にした生徒たちの引き締まった表情が印象的でした。手渡された真新しいボールの感触は、プロチームから手渡された喜びとともに、生徒たちの心に深く刻まれたことでしょう。

 今回の素晴らしいご厚意は、生徒たちにとって技術の向上だけでなく、夢を追いかけることの素晴らしさを教えてくれる貴重な経験となりました。いただいたボール一つひとつに込められた期待に応えられるよう、感謝の気持ちを力に変え、日々の練習に励んでいく所存です。埼玉ブロンコスの皆様、誠にありがとうございました。

 

 

 

 

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マニラで拾った宝物 ―私のボランティア日誌―

  

 

 校長室の扉をノックする音が、少しばかり遠慮がちに響いた。入ってきたのは、1年3組の入江さん。物静かで真面目な、ごく普通の生徒という印象だった。硬い表情から、この部屋に来ること自体が相当な緊張を強いていることが見て取れた。

 「この夏、フィリピンでのボランティアに参加しまして、そのご報告に…」

  椅子を勧め、促されるままに彼女は話し始めた。当初は、用意してきたであろう筋書きをたどるように、言葉は少し上滑りしていた。参加人数、活動内容、日程。その声は小さく、どこか自信なさげに聞こえた。

しかし、話がゴミ山での体験に及んだ時、空気が変わった。

「…雨がひどくて、足元はぬかるみ、すごい匂くて。ハエも…」

ふと、彼女の声から用意された言葉の響きが消えた。視線が上がり、私の目をまっすぐに見据える。彼女は、記憶の引き出しから、自身の五感で刻みつけた生々しい情景を、一つひとつ取り出すように語り始めたのだ。それは、誰かから与えられた情報ではない、彼女自身の言葉だった。

4、5歳の子どもに「お金がほしい」と言われた時の話。彼女はその時の衝撃を、ことさらに感情を込めるでもなく、ただ事実として淡々と口にした。だが、その落ち着いた口調の中にこそ、きれい事では済まされない現実の複雑さと向き合い、それを自分の中で受け止めようともがいた葛藤の跡が、私にははっきりと見て取れた。

  支援品を渡し、子どもたちと遊園地で過ごした最終日のことを語る彼女の表情は、わずかに綻んでいた。それは単なる感傷ではない。「支援する側」「される側」という垣根を越え、人と人として繋がれたことへの、静かな喜びが滲んでいた。

  そして、彼女は締めくくった。 「自分の価値観が、かなり変わったと実感しています」

  多くの若者が口にする言葉だ。しかし、目の前の入江さんが発したその一言には、圧倒的な実感があった。それは、困難な現実から目をそらさず、自らの未熟さや無力さと向き合い、それでもなお何かを見出そうとした者だけが語れる、ずしりとした重みがあった。

  報告を終え、「ありがとうございました」と深く一礼して退室していく彼女の後ろ姿は、入ってきた時とはまるで別人に見えた。ひと夏の経験が、一人の少女をこれほどまでに成長させるものか。その頼もしさに、私は教育者として静かな感動を覚えていた。彼女がこの部屋に残していったのは、単なる活動報告ではない。勇気を持って未知の世界へ飛び込み、しなやかに変化を遂げた一人の人間の、確かな成長の記録であった。

 

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ある日の報告

  校長室の扉が控えめにノックされ、定時制に通う武田さんが入室してきました。手には一枚のプリントを握っている。彼女は、先日行われた生活体験発表会の地区予選を通過し、県大会への出場が決まったことを報告するために訪れたのだ。

  生活体験発表会は、定時制や通信制の生徒が、自らの経験と思索を発表する場である。入学後の心境の変化、学習環境を得て見出した将来の目標、あるいは仲間や教職員との関わりから得た勇気。多くの生徒が、それまで経験することのなかった学校生活を通して、自己を肯定していく過程を語る。

 「発表を、一度聞いていただけますか」

  彼女の申し出を受け、向かい合って座る。彼女は、手にした原稿にほとんど目を落とすことなく、静かな口調で語り始めた。その内容は、過去の困難をことさらに強調するものではない。ただ、自らの内に生まれた「したい」という純粋な欲求に、いかにして向き合い、それを「できる」という事実に変えてきたかという、思考の道筋を淡々と辿るものだった。一点を見つめ、言葉を選ぶその集中力は、聞く者を彼女の世界に引き込んだ。

  発表が終わり、一瞬の静寂が流れる。彼女の言葉は、何かを訴えかけるというよりも、事実をあるがままに提示するような響きを持っていた。県大会の会場でも、彼女はきっとこのままの姿で、気負うことなく語るのだろう。そしてその言葉は、多くの聴衆の心を静かに揺さぶり、やがて大きな拍手となって返ってくるに違いない。そう思わせるに足る、静かな説得力がそこにはあった。

  彼女が退室した後、私はしばらく一人、椅子に座っていた。外はすでに夕暮れの気配が漂い始めている。彼女が置いていった勇気という名の余韻が、室内に静かに満ちていた。

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所高祭(文化祭)にご来場いただき、誠にありがとうございます。

 今年の文化祭のテーマは「海底都市」。生徒たちは、この日のために一丸となって準備を進めてまいりました。工夫を凝らした出店や、体育館と中庭の各ステージで繰り広げられた数々のパフォーマンスは、皆様に深海の冒険を楽しんでいただけたなら幸いです。

 保護者の皆様、向学心あふれる中学生の皆さん、そして元気いっぱいの地域の子供たち。たくさんの皆様にご来場いただき、生徒たちの学びの成果をご覧いただけましたこと、心より感謝申し上げます。皆様の笑顔と温かい拍手が、生徒たちにとって何よりの励みとなりました。

 ご来場、誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。

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眠れるうちに寝ておく

「眠れるうちに寝ておきましょう」

この言葉を聞いて、あなたは何を思うでしょうか。「そんなことは分かっているけれど、忙しくて時間がない」と感じる方が多いかもしれません。しかし、この言葉には、私たちが思っている以上に深く、重要な意味が込められています。睡眠を後回しにすることで、私たちは気づかぬうちに大きな代償を払っている可能性があるのです。

 

睡眠不足が招く、判断ミスという名の負債
 

寝不足の状態は、まるで霧の中を手探りで歩いているようなものです。視界が悪く、どこに落とし穴があるか分かりません。この「霧」こそが、低下した判断力です。

例えば、あなたが大事なプレゼン資料を深夜までかかって作成しているとします。朦朧とする意識の中、「これで完璧だ」と送信ボタンをクリック。しかし翌朝、よく見ると宛先を間違えていたり、致命的な計算ミスがあったりしたことに気づき、血の気が引く…といった経験はないでしょうか。あるいは、疲労とストレスで頭がいっぱいな時に、家族や同僚からの些細な一言にカッとなり、きつい言葉を投げ返してしまった。後で冷静になれば「なぜあんなことを言ってしまったのだろう」と後悔するものの、一度こじれた関係は簡単には元に戻りません。

これらは、睡眠不足が引き起こした「判断の誤り」です。そして皮肉なことに、こうした失敗によるストレスや自己嫌悪が、その夜の眠りをさらに妨げ、「ますます眠れない」という負のスパイラルに私たちを陥れるのです。取り返しのつかない事態とは、このようにして静かに、しかし確実に忍び寄ってきます。

 

十分な睡眠がもたらす、心の余裕とひらめき
 

一方で、十分に睡眠をとった朝の感覚を思い出してみてください。世界がクリアに見え、頭の中がスッキリと整理されているのを感じるはずです。これは、私たちが眠っている間に、脳が日中に得た情報を整理し、記憶を定着させ、心のメンテナンスを行ってくれているからです。

昨日まで複雑に絡み合って解けなかった問題が、朝のシャワーを浴びている時にふと解決の糸口をひらめくことがあります。これは、睡眠によって脳内の情報が再構築され、新しい神経のつながりが生まれた証拠です。まるで散らかった部屋をきれいに片付けてくれたかのように、脳は私たちに新しい視点や創造的なアイデアをもたらしてくれます。

人間関係においても、睡眠は「心の緩衝材」として絶大な効果を発揮します。たっぷりと眠った日は、心に余裕が生まれます。普段ならイラッとしてしまうような満員電車の遅延や、同僚の少し配慮に欠ける言動も、「まあ、そんなこともあるか」と穏やかに受け流すことができる。この心の余裕が、不要な衝突を避け、円滑なコミュニケーションを育む土台となるのです。小さなことでイライラしない自分は、周りから見ても魅力的であり、結果として良好な人間関係を築くことにつながります。

 

結論として
 

睡眠は、決して「無駄な時間」ではありません。それは、日中のパフォーマンスを最大化し、心身の健康を守り、より良い判断を下すための、未来の自分への最も確実な「投資」です。忙しい日々の中で睡眠時間を確保することは、何かを諦めることではなく、むしろ賢明な選択と言えるでしょう。

もし今、あなたが眠る時間を惜しんで何かに打ち込んでいるのなら、一度立ち止まってみてください。その努力が、睡眠不足による判断ミスで水の泡になってしまうかもしれません。「眠れるうちに寝ておく」。それは、明日を最高のコンディションで迎えるための、私たち自身にできる最もシンプルで効果的な準備なのです。

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君が見ている景色と私が見ている景色(定時制:始業式)

 

こんばんは。

さあ、2学期が始まりました。気持ちの準備はできていますか?みなさんに2学期、「こういうふうに会話をしてほしいなあ」と思っていることがあります。

2学期は大切な学校行事、生徒会行事がたくさんあります。準備をするとき、当日の運営等で意見がぶつかり、もどかしく感じることがあります。みなさんはそういう経験がありますか? 人は誰でも、自分の経験に基づいた「自分の正しさ」を持っています。今日は、その「正しさ」についてお話をします。

あるところに、一本の大きな川が流れていました。

上流の村に住む少年がいました。彼にとって川は最高の遊び場。水は透き通り、魚を捕まえ、仲間と飛び込んで遊びます。村人はその水で畑を潤し、生活しています。少年は川が大好きで、「この川は、命の恵みをくれる宝物だ!」と信じていました。

同じ川が流れ着く、下流の街に住む少女がいました。彼女にとって川は、必ずしも良いものではありません。水は濁り、大雨が降ると、大人たちが心配そうに見守るほど水位が上がります。彼女は「この川は、時々怖いし、あまりきれいじゃないな」と感じていました。

さて、この二人が出会い、同じ川について語り合ったらどうなるでしょう。 少年は「川は生活を豊かにする宝物だ」と言うでしょう。 少女は「川は私たちを不安にさせる怖いものだ」と反論するでしょう。 きっと、「君の言う川は本当の川じゃない!」「あなたの話こそ間違っている!」と口論になるかもしれません。

では、どちらかが間違っているのでしょうか? …そうですね。誰も間違っていません。二人とも、自分が見たままの「真実」を話している。ただ、いる「場所」と、そこから見える「川の姿」が違っただけです。

私たちの日常も全く同じです。 皆さんの経験、読んだ本、大切にしている価値観。その全てが、今いる「場所」であり、そこから見える「景色」、つまり意見が生まれます。だから、意見が食い違うのは自然なこと。白黒をつける必要はない。

大切なのは、意見がぶつかった時に、想像力を働かせることです。 「この人は、どんな景色を見ているんだろう?」 相手の背景に思いを馳せ、その景色を理解しようと努めること。それが「思いやり」です。

自分の正しさだけをぶつけ合っても、物事は前に進みません。それは、川の上流と下流で、自分の正しさを叫び合うのと同じです。 しかし、互いの景色を尊重できれば、「君からはそう見えるんだね」という一言から「対話」が始まります。そして、「じゃあ、この川をみんなにとって素晴らしいものにするにはどうすればいいか?」と一緒に未来を考え、前に進めるのです。

「相手は、どんな景色を見ているんだろう?」 この問いかけは、皆さんを、互いを深く理解し協力できる、強くしなやかな人にしてくれるはずです。その力は、皆さんの人生を間違いなく豊かにします。

この2学期を思い出作りの季節にするほかに、たくさんの価値観に触れ、対話の力で想像以上に楽しい行事にしてください。きっと素晴らしい「ひととき」が仲間と過ごせると思いますよ。心から期待しています。

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