日誌

秋晴れの狭山丘陵周辺を巡る

 みなさんこんにちは、地学部です。所沢高校は現在学年末テスト期間で、生徒は勉強に励んでいます。修学旅行や文化祭は残念ながら中止となってしまいましたが、また部活動が再開できることを願って、およそ3か月前の記事を書きたいと思います。(これまで大変忙しく、公開が遅れてしまいました。)そのため、記事は当時の気分のまま綴りましたのでそこも楽しんで読み進めていただければと思います!

 さて、地学部では2020年11月14日の土曜日に狭山丘陵生きものふれあいの里センター(埼玉県所沢市荒幡782、通称:いきふれ)主催で行われた自然観察会に参加してまいりました。狭山丘陵についての学習を行いましたので、写真を交えつつ、ご覧の皆さんにもご説明できればと思います。


<そもそも狭山丘陵とは>

 「となりのトトロ」のモデルになったといわれている狭山丘陵ですが、そもそもどのようなものなのでしょうか。狭山丘陵は埼玉県入間市、所沢市、東京都の一部にまたがる東西に10km、南北に4kmほどの卵型をした丘陵です。70万年~60万年くらい前には、埼玉県入間市や飯能市にまたがる加治丘陵や、東京都多摩地方に広がる多摩丘陵と地続きで繋がっていたのではないかと考えられています。狭山丘陵は、武蔵野台地という荒川と多摩川の間に挟まれた関東地方の部分の、低地より一段高くなったところに位置しています。生きものや自然が施設や団体によって保護されており、休日にはしばしばイベントなども行われています。また、開発や住宅地化が進んでいる現在、貴重な緑が残っているここは住民の憩いの場といっても過言ではないでしょう。

【言葉】

山地・・・数百万年前に隆起した。丘陵・・・数十万年前の地形で少しずつ隆起。台地・・・十数万年前~三万年前くらいから形成された。低地・・・一万年前くらいから形成された。


<狭山丘陵の地層>

 今回は「丘陵・台地とトトロの森」というタイトルの講座で、さいたま緑の森博物館(埼玉県入間市宮寺889-1)の案内所から、所沢高校で去年まで地学基礎の先生をしていた、正田浩司先生の解説で狭山丘陵を歩きます。

芋窪礫層

狭山丘陵は、頂上が富士山のように尖っておらず、比較的なだらかなのが特徴です。その特徴を生み出しているのが、芋窪礫層(いもくぼれきそう)と呼ばれる地層です。70万年~60万年前くらいに堆積したとみられていて、粘土質のようです。写真の地点では、およそ10mほどの厚さがあり、火山灰質の砂や泥も混じっています。

 

ニセ三つ組軽石層

火山が噴火して空から降ってきた軽石で出来た層です。火山灰などと一緒に噴出してきた軽石の数mmのものが堆積したそうです。他には三つ組軽石層というの40万年くらい前の層があります。礫の地層から地層の年代は把握できないため、このような軽石などの地層で時代が判断できるということです。新型コロナウイルスの感染防止のため観衆の人数を20人に制限していたため、写真も撮りやすかったです。一行は狭山丘陵を形成している地層を眺めつつ、稜線沿いを東進して、所沢市の「とことこ景観賞」にも入っている比良の丘を目指していきます。


<比良の丘>

しばらく上り坂を歩いていくと急に開けて、一面の青空が顔を出します。ここが比良の丘で、標高は155mです。70万年~60万年くらい前、多摩丘陵や加治丘陵と繋がっていた狭山丘陵は、芋窪礫層が堆積し、ほぼ平坦になっていました。その後、浸食で周囲が削られたため、狭山丘陵は現在の部分を残して孤立した状態になっています。この日は暖かく雲一つない秋晴れで、気分は最高でした。普段、ストレスのたまる学習の疲れや自分の想像通りに上手くいかない現実、日頃の鬱憤は吹き抜けていく風によって青い空の彼方へ消え去っていきそうです。丘陵の中には沢が見られたりするのですが、てっぺんには芋窪礫層が平らに溜まっているので先述のように頂上は平らに見えます。一時期は墓地になるという計画があったそうですが、所沢市によって一部は残され公園のような形で現在に至っているということです。ここでいったん休憩となり、オオタカのような鳥の姿も見られました。

ここから南東方向にカメラを向けると、早稲田大学所沢キャンパス(埼玉県所沢市三ケ島2丁目579-15)の敷地が見えます。早稲田大学は、所沢高校の卒業生の方が進学している大学のひとつでもあります。そして、写真では見ませんが砂川堀の源流にもなっている堂入池(どういりのいけ)があります。砂川堀はここを起点として所沢市の小手指駅の近くを通過、北上し、三芳町、ふじみ野市、富士見市を通って新河岸川に入り、やがて荒川に合流します。

晩秋のカマキリさん、こんにちは。今日は暖かくていい天気ですね。生きものたちも冬の準備を着々と始めているようです。私たちもテストの準備を始めなくては...。

比良の丘を出た一行は二者面談や幼稚園の頃の話に花を咲かせつつ、参加者の方との親睦を深めつつ(ソーシャルディスタンスを意識しながら)次の目的地に向かいます。


<丘陵周辺の施設>

金仙寺(埼玉県所沢市堀之内343)は平安時代に創建されたお寺です。大きな枝垂桜がシンボルで、春には美しい花を咲かせ、やって来た人を癒しています。この周辺では三ヶ島家、中家という2つの大きな家系が強い権力を握っていたということです。ここでひと休みしていると、お寺の静寂な環境とポクポクとした木魚の音が一行を包みます。

次にやってきたのは、中氷川神社(埼玉県所沢市三ケ島5-1691-1)です。境内にはご神木のけやきの木が堂々と鎮座しています。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の折に立ち寄って大己貴命と少彦名命の両神を祀った、と伝えられています。室町時代までは「中宮」、江戸時代は境内が細長いことから「長宮明神社」と呼ばれました。所沢出身の女流歌人、三ヶ島葭子(みかじまよしこ)の歌の碑も置かれています。三ヶ島葭子については、付近にある三ヶ島まちづくりセンターで詳しく知ることができるようです。

春の雨 けぶる欅の梢より をりをり露の かがやきて落つ

三ヶ島は、木に体を預けて雨の雫を手で受け止め、春の雨によって、ケヤキの梢から落ちる輝く雫の様子を詠みました。彼女の作品は自然・生活・自分自身の心を自分の思うままに詠んだ歌に定評があります。

 

中氷川神社を出発して茶畑を眺めます。所沢高校でもマイプロジェクトの中で狭山茶を使ったスイーツを開発するなど、所沢市のまわりに茶畑はたくさんあります。しかし、クラスで聞いてみると急須を使って茶葉からお茶を淹れる人は、かなり少なくなったようです。ペットボトルでお茶を飲むのも美味しいですが、ときには急須を使ってのんびりとお茶を淹れ、ゆっくりとした時間を楽しむのもいいですね。

先ほどご紹介した、砂川堀です。流れはかなりゆっくりで、令和の時代の流れとは逆行しているようです。

こちらが台地です。写真ではあまり角度がわかりませんが、まわりより一段高くなっています。そして反対側は一段低くなっています。目の前には狭山茶の畑が広がっています。


 <武蔵野台地について>

 午後からは講義となり、正田先生と元早稲田大学自然調査室教授の大堀先生という方からお話を頂きました。武蔵野台地は武蔵野扇状地とも言い、浸食をしつつ堆積をして形成されてきました。狭山丘陵を作っているのは先述した通り、芋窪礫層です。腐礫(くさりれき)という風化しやすい作りになっているそうです。その下には狭山層という層が含まれ、入間川の方に向かえば仏子層という層につながっています。この様子はスタジオジブリが制作した映画、「となりのトトロ」のモデルになったともいわれています。狭山丘陵は段丘地形といって階段状の地形から成っています。このような階段状になる理由は、気候の変化によるものです。ここ260万年の間に、地球は幾度かとても寒くなる「氷期」と温暖化が進む「間氷期」を繰り返しました。氷期にはたくさん雪が降ったり水が凍ったりして陸上に氷河がありました。この際海面や茨城県北西部の古河地区や東京湾のあたりが沈降しましたが、やがて「間氷期」になるとその氷河もとけて水になります。海水は上昇し、関東山地の隆起もあって次の図の階段のような地形ができました。

多摩面とよばれる狭山丘陵が属する部分、下末吉面と呼ばれる所沢市街が属する部分、立川面と呼ばれる主に東京都立川市付近の北西ー南東方向に延びる地域が属する部分、武蔵野面と呼ばれる埼玉県南東部~東京都にかけて伸びる地域が属する部分の4つです。所沢高校には下末吉面の上に建っているのですね。このほかに武蔵野台地の植物の分布や当時の人びとの生活様式などについても話を聞きました。地学部としては地層をより詳しく知り、民俗的な歴史も知ることができました。解説していただいたお二人の先生方、ありがとうございました。


<まとめ>

 今回の狭山丘陵でのフィールドワークは、狭山丘陵の概要、武蔵野台地の成り立ちを知るとともに、私たちが通う所沢の周辺の地層やかつての風景を知ることができたものだったと思います。新型コロナウイルスの影響で部活が休止になっていることもあり、屋外で自然とふれあって地面に潜むロマンを感じる機会も少なくなっているのですが、いずれまた別の地域のことについても調べてみたいと思っています。まだまだ身の回りにも知らないことがあふれていますから、自分にとって関係のないような分野でもかんたんなことなら理解できることもあります。難しいことを徹底的に研究するのも調査の醍醐味の一つですが、知識的なことを軽く頭に入れておくだけで、普段の生活に少し充実感が加えられるかもしれません。コロナ渦で外出しづらい今ですが、感染対策を徹底して自然とふれあってみてはいかがでしょうか。


(コロナウイルス対策)

今回のフィールドワークでは、以下の事項を徹底して行いました。

  1. 部員は自宅を出発する前に検温を行いました。
  2. 移動先での手洗いをこまめに行いました。
  3. なるべく観察するとき以外は密集しないように気を付けました。
  4. マスクを着用し昼食はソーシャルディスタンスを保ってとりました。
  5. 現地との移動は公共交通機関を極力使わないように計画しました。

※現在、所沢高校では一部の大会前の部を除き部活動は休止しています。

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