日誌

地学部 活動記録

地学部広報紙「羊歯と石炭紀」第2号

みなさんこんにちは、地学部です。

夏の暑さも少しずつ収まり、

過ごしやすくなってきました。

所沢高校では3日に体育祭が終わり、

2学期の勉強を忙しく取り組んでいるところです。

 さて、地学部では先日発行した

羊歯と石炭紀(しだとせきたんき)の

第2号を作りました。

今回は、9月によく見える星座について書きました。

下記に貼っておきますので、

是非ご覧ください。

 

 合宿や星空の観察に行きたいのですが、

今年はまだ行けていないので、

コロナウイルスに気を付けて

どこかへ行こうと計画しています。

今後の更新も楽しみにしていて下さい。

 

ダウンロードはこちらから↓

Shida_to_Sekitanki_2.pdf

 

ご覧になるにはAdobe Readerが必要です。

http://www.adobe.com/jp/products/acrobat/readstep2.html

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入間市の鍛冶

 こんにちは、地学部です。今回は8月2日の日曜日に埼玉県入間市で行った活動について書いていこうと思います。

コロナウイルスで自粛が続きましたが、今回は感染防止を徹底して屋外での活動です。

この日は、埼玉県入間市根岸にあるお茶屋さん「中島園」さんに伺い、本物の刀を見せてもらいました。

昭和40年代に作られた刀ということで、柄の部分は江戸時代からのもので市の文化財に認定されているそうです。

当日は地学の研究会の皆さんに同伴させていただき、この刀を見せていただきました。

お茶屋さんということでご主人に淹れていただいた温かいお茶を片手にお話を伺いました。ご主人が刀を作るのを依頼した際に、鍛冶屋さんが埼玉県入間市仏子の沢で砂鉄をとっていたということを聞いたそうです。刀を作った方は今は消息不明になってしまっているそうですが、砂鉄をとる道具が残っていたことから、とっていた砂鉄を混ぜて刀を作った可能性もあるのではないかと考えさせられたというのです。詳しい証言はあまりなく、謎が多いという話でした。

 

 その後、我々は入間市博物館「アリット」へ行きました。そこで学芸員の方に聞いてみると、その砂鉄は「入間砂鉄」と呼ばれ、刀を作るにしては適しておらず、仏像などに向いているということでした。博物館では砂鉄から刀を作る取り組みを行ったことがあったそうです。その時は失敗したため、それが行われていたとは考えにくく、砂鉄が刀に混ぜられていたとは思えないそうです。

 

 砂鉄は、磁石に引きつくことでわたしたちもよく知ることですが、刀の一部として使われていたとすれば、驚きですね。謎が多いこの研究に同伴させていただいたわけですが、続くかどうかはわかりません。

 

訪問した入間市博物館「アリット」

地学部広報紙「羊歯と石炭紀」

こんにちは、地学部は広報紙「羊歯と石炭紀」を作ることにしました。

第一回の今回は、先日設置した地震計について書きました。下記に貼っておきますので、是非ご覧ください。

今後の更新も楽しみにしていてください。

 

ダウンロードはこちらから

Shida_to_sekitanki_1.pdf

 

閲覧にはAdobe Readerが必要です。

http://www.adobe.com/jp/products/acrobat/readstep2.html

お持ちでない場合はこちらからダウンロードしてご覧ください。

3年生の引退

 みなさん、こんにちは。地学部です。また更新が滞ってしまいましたが、再び更新を少しずつ再開していけたらなと思っております。今年度はコロナウイルスの影響で活動できることに限りがありますが、できる限りの活動をしていければいいと思います。

 

  さて、3年生の引退式を行いました。様々な場面でお世話になった3年生ですが一旦の区切りとして3年生からあいさつを頂き、新しい部長がこれからの部活の在り方を述べたりしました。そんな堅苦しいものではありませんでしたので、和気あいあいと過ごしているうちに時間が過ぎていきました....

 そして地学部は6月から新たに1年生を1名迎え、合計3名となりました。部員数が少ないので、地学に興味のある方は是非地学室にお越しいただければと思います。今後はプラネタリウムや望遠鏡の操作などを覚えて多様なテーマで研究や調べ学習をしていく予定です。3年生の皆さんありがとうございました!

↑3年生、部員、顧問の先生で最後に1枚!

理化教育研究発表会

私たちは、2月8日に、国立埼玉大学で行われた理化教育研究発表会に参加しました。

↑埼玉大学

理化教育研究発表会とは、 埼玉県高等学校理化研究会が主催する、高校の理科系の部活が自身の研究を発表する場で、年に1回この時期に行われています。この発表会では、順位はつかず、上位の大会(例・関東大会、全国大会など)はありませんが、毎年多くの団体が参加しています。

今回、私たちは、「富士山 宝永噴火(1707年)のテフラ観察から噴火の様子を探る」と題し、昨年の夏休み合宿のまとめとして宝永噴火に関する発表を行いました。合宿、宝永噴火については以前の記事をご参照ください。

地学部初の試みとして、今回発表したポスターをPDFにしてダウンロードできるようにしました。実際のポスター(A0版)は今学期いっぱいまで本校1号館と2号館の2階渡り廊下に掲示する予定ですので、在校生の皆さん、来校された方はそちらを直接ご覧頂ければ幸いです。

ポスターを直接ダウンロードできるようにしたため、ここでは今回の研究の詳しい説明は省略させていただきます。ポスターをご覧になって「意味不明だ」「何を言いたいんだ」などと思われた方は地学部員に直接お尋ねください。

注意事項

  • PDFを閲覧できる環境(Adobe Readerなど)が必要です。
  • 著作権は我々地学部に帰属します。
  • 無断転載は禁止です。悪用しないでください。

ポスターをダウンロード(A3カラー、846KB)

また、ポスターに載せきらなかった図は、当日は下の写真のように説明のつど紙に描いていましたが、その図もダウンロードできるようにしました。合わせてご覧ください。

噴火モデル図をダウンロード(A4白黒、346KB)


発表会当日

開会式の後、午前は、ポスターによる発表でした。

 

↑図を描きながら説明する部長。一番左のポスターが我々のもの。

午後は、パワーポイントとプロジェクタを用いての発表でした。

↑「宝永スコリアの推移」について説明する副部長兼会計。

↑部長は頑張って白板に噴火モデル図を描いてみたものの、薄暗いのでおそらく後ろの方の人には見えない・・・(この写真は感度を高くして撮影しています)

この後、閉会式を行い、終了しました。


反省会

 週が明けた月曜日の放課後、反省会を行いました。挙がった内容は

  • パワーポイントに噴火モデルを説明するアニメーションを入れた方がよかった
  • ポスター自体に噴火モデルの簡単な図を入れた方がよかった(ポスターが文字ばかり)
  • 要旨プリント、パワーポイントを作り始めるのが遅すぎた
  • いろいろ詰め込んだため発表内容が全体的に複雑怪奇になっている
  • 発表前日に初の発表リハーサルをしていた(やるのが遅い)
  • 発表前日になぜかパソコンのモニターが寿命を迎え故障し、準備がさらに遅くなった
  • 部屋が暗くてよく見えないのに思い付きで発表中白板に噴火モデルの図を描き説明しようとした
  • 北朝霞駅のバス停の場所を調べておらず、迷って遅刻した
  • ポスター発表の際に直接図を描きながら相手に説明、というのはよかった

でした。反省点は多いですが、失敗あってこその成功ということで、次回に生かせればいいと思います。また、ほかの団体の発表からいろいろなことを学べました。

この富士山の研究は今回で一区切りをつけるか、それとも継続するかまだ検討中ですが、いずれにせよ今学期の残りは富士山とはお別れして、天体の方をメインに活動しようと思います。我々は新学期までに何とかしてプラネタリウムの説明をマスターせねばならないのです・・・。

↑本校屋上から見える富士山とメットライフ(西武)ドーム

地学部 長瀞巡検

私たちは、11月24日日曜日に、長瀞で巡検(フィールドワーク)を行いました。

長瀞周辺の地形図はこちら(外部リンク)

長瀞は、埼玉県秩父地方にある、言わずと知れた観光地です。一般には、かき氷屋さん、ライン下り、岩畳などで有名ですね。地学の分野でも、長瀞は重要な場所です。当日は、雨の予報でしたが、幸運にも雨は朝までに止み、良い天気のもとで行えました。

↑甌穴のある場所(後述)から見た荒川。奥が上流―秩父市街地方面、中央の山は破風山。左下にライン下りの船がちょうど川下りしているが、今朝までの雨で川の水は茶色く濁っている・・・


秩父鉄道上長瀞駅に集合後、初めに荒川の河原に降り、周辺にある岩石の観察をしました。なお、今回回った場所は、地形図の通り上長瀞~親鼻周辺であり、岩畳のほうではありません。岩畳はこれより1.5kmほど下流にあります。

 下の写真には緑色っぽい岩がたくさん写っていますが、これは緑色片岩という岩で、岩畳の岩と同じ岩です。緑色片岩は、結晶片岩の一種で、玄武岩、凝灰岩、砂岩等さまざまな岩石が変成作用(200~500℃の温度と2*103bar~104barの圧力)を受けてできた変成岩です。身近なところだと日本庭園の庭石によく使われます。

参考情報1―――――――――
変成作用とは、地中深くで岩石に温度や圧力が加わることによって化学変化が起き、違う岩石(変成岩)になることで、ほとんど固体の状態のままで変化します。
結晶片岩は、薄く板状にはがれやすいことが特徴で、広い範囲で起こる変成作用によってできた岩、つまり広域変成岩の一種です。分類を整理すると 岩石->変成岩->広域変成岩->結晶片岩->緑色片岩 となります。
―――――――――――――

なお長瀞は、中央構造線の南側にある、三波川変成帯という関東~九州の長さ1000kmの結晶片岩を主とする変成帯(変成岩が帯状に分布しているところ)にかかっていて、岩畳や下の写真の緑色片岩はこれが地表に露出したものです。広域変成作用は、プレートに関連して起こることが多いので、変成帯もプレート(フィリピン海プレート)の境界にそってあります。

参考情報2―――――――――
三波川は群馬県藤岡市を流れていて、埼玉県/群馬県の県境にある下久保ダム(利根川水系)の少し北にあります。このダム湖である神流湖には、どこかで聞いたような名前の「ひょうたん島」という無人島があり、実は海無し埼玉県にも島はあります。
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↑荒川の河原。奥に見えるのが、秩父鉄道の鉄橋(奥が上流側)。川の水面は中央左に少し見えるが、やはり水は茶色・・・

下の写真は、虎岩と呼ばれている幅15mほどの岩です。虎の模様に似ているのでそのような名がついています。しましまの黒い部分は結晶片岩(スティルプノメレン)で、緑色片岩に似ていますが、より高温高圧にさらされているので、褐色です。白い部分は主に方解石で、岩の割れ目を埋めた部分です。地中深くで高圧を受けて折り重なったためにこのような模様になっています。

虎岩では、このしましま模様以外にも、小褶曲や黄鉄鉱を観察できました。褶曲というのは圧力を受けて地層がぐにゃっと曲がっていることです。黄鉄鉱は鉄と硫黄からなる鉱物で、金色っぽく見えるのでよく砂金と間違えられます。

↑虎岩。

 また、この虎岩がある河原の入り口には、下の写真の通り歌碑があります。これには、「銀河鉄道の夜」「春と修羅」等の作品で有名な宮沢賢治が、自らが所属する盛岡高等農林学校の巡検で、1916年に訪れた際に虎岩を詠んだ歌

つくづくと「粋なもやうの博多帯」荒川ぎしの片岩のいろ

 が刻まれています。

↑宮沢賢治の歌碑(写真は一部加工しています)

次に、やや上流へ移動し、ポットホールの観察をしました。ポットホールとは、甌穴(おうけつ)とも呼ばれ、岩の割れ目やくぼみなどに石が入り、中でそれが水流によって転がり、周りを削っていって大きくなった穴です。今この場所は川面よりかなり高い位置にありますが(左上に河原が見えます)、昔々は川底だったということです。甌穴は、長瀞以外でも全国各地でみられますが、長瀞にあるものは他と比べて大きめです。

またここには、珍しく貴重な岩石である紅簾片岩があります。これも結晶片岩で、紅簾石、石英、白雲母等が含まれていて、紅簾片岩自体はチャート、マンガンがもとになっているようです。この写真ではあまりきれいに見えませんが、本当は美しい赤っぽい色なので、建材に多く使われます。

↑ポットホールと紅簾片岩。左上の人間との大きさに注目

↑紅簾片岩

参考情報3―――――――――
上の2枚の写真ではレンガや加工された岩などの人工物が見えますが、ここには2代目の親鼻橋(1902~1956)の橋脚があったようです。3代目である現在の親鼻橋(1957~)が完成した後撤去されましたが、このように旧橋の痕跡がいくつかあります。
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また、この付近には秩父鉄道の荒川橋梁(最初の画像で奥に写っている)があり、ちょうど石灰石を積んだ貨物列車が通過するところを見られました。この石灰石は、群馬県多野郡神流町の叶山鉱山で採掘されたものと思われます(武甲山のほうは本日休み?)。この後、熊谷にあるセメント工場に運ばれ、セメントの材料として使われるようです。

↑先ほどからちらっと出てきている荒川橋梁。貨車に積まれている白い3つの山が石灰石。


 秩父農協の直売所で昼食後、先ほどのポットホールの対岸で、砂金採りをしました。砂金が重いことを利用して、溝が掘られている皿(パンニング皿)に川の砂を水ごといれたものを振る→砂利と水をこぼす→水を入れる→皿を振る・・・を繰り返し(パンニング)ていくと、溝に砂金がたまることがあります。当然、簡単に金が手に入るわけはないので、砂金はなかなか採れず、採れても小さな粒1~2こぐらいです。全員で一生懸命パンニングをして、残った砂ごと持ち帰り、ただいま部活で観察しています。見つかったらここに追記します。

 

 ↑一生懸命砂金を探している部員たち。彼らが持っている黒いものがパンニング皿。

最後に、上長瀞駅近くの県立自然の博物館を見学しました。(ネタバレになりそうなので、内容と写真の掲載は控えます。気になった人は実際に現地へ行って見学してください)

↑窓ガラス越しに微妙に見えるサメのようなものはカルカロドンメガロドン。左右上の窓ガラスに貼ってある2羽の鳥はオオタカ?

この後、長瀞駅に到着し、巡検は無事終了しました。


 今回の巡検では埼玉県民にとって身近な長瀞についてよく勉強できました。理科の教科書にはハワイや釧路湿原、富士山など有名な場所ばかり載っていて、長瀞を扱っているものはあまりないですが、このような場所こそ調べてみると面白いことがいろいろ見つかります。皆さんも、長瀞をただの観光地としてではなく、地学の観点で見に行ってはどうでしょうか。もちろん、埼玉県には長瀞以外にも興味深い場所はたくさんあります。地学部は、これからもいろいろな場所に巡検に行く予定です。

所高祭

 みなさんこんにちは、地学部です。

 2019年9月7日と9月8日、所沢高校では毎年恒例の所高祭が行われ、

多くのお客様にお越しいただきました。

 地学部では「ほしヲふしぎ発見!」と題し、企画展示とプラネタリウム紹介を

おこないました。総勢252名の皆様にお越しいただき、盛況となりました。

↑ 地学部では、鉱物の展示宇宙の太陽系の再現富士山の噴出物の分布の紹介地震計恐竜についてなど

  多種多様な展示を行いました。地学室には専門的な機械がたくさんあります。

↑ 地学室の後方には、プラネタリウムがあります。

  15人ほどが入ることができ、ちいさな子供たちから保護者の方まで多くの方に

  秋の星座について説明させていただきました。

 

↑ 台の上に並んでいるのは恐竜たちです。

  恐竜に関する説明書きは直前に準備しました。

↑ 太陽系の惑星のモデルは重さと大きさが実際の日と同じになっているので、

  質量感を体感することができます。

 

 地学部では来年も企画展示を行う予定です。

文化祭にご来校いただいた皆様、誠にありがとうございました。

2019年 地学部夏合宿 富士山

私たちは、7月30日から8月1日に、富士山で2泊3日の夏合宿を行いました。

富士山は、現在活発な火山活動は起こっていませんが、過去に何度も噴火している、いつまた噴火してもおかしくない活火山です。今から約300年前の1707年(宝永4年)12月16日~翌年1月1日、現時点で最後の富士山の噴火、宝永噴火が起こりました。また、噴火の49日前、同年10月4日に付近で宝永地震(推定マグニチュード8.6~9)が起こっており、この地震に誘発されて噴火したのではないかと考えられています。

そのころ、日本は江戸時代の中ごろで、徳川家の5代将軍、徳川綱吉が君臨していました。当時世間では綱吉の悪政で噴火した、などと言われたようです。

今回の合宿は、この宝永噴火をテーマにして行いました。

富士山周辺の地形図はこちら(外部リンク)

↑北側から見た富士山。この写真は一昨年の合宿で撮ったものなので、今年はこの撮影地点には行っていない。


 1日目は、富士山の東側にある御殿場口新五合目で、宝永スコリアと軽石の観察をしました。

スコリアと軽石は、共にスカスカで、文字通り水に浮くほどの軽い石で、園芸によく使われます。両者の違う点は、スコリアが黒っぽく、二酸化ケイ素(SiO2)の量が少ないのに対し、軽石が白っぽい色をしていて、二酸化ケイ素の量が多いところです。つまり、下の写真では左がスコリア、右が軽石です。これらがスカスカになるのは、マグマが地下深くから上昇する際、温度が下がるにつれて圧力も下がり、沸点が下がって水分が発泡したことによります。

宝永噴火の際は、まずが軽石が先に噴出し、時間が経つにつれてスコリアが噴出するように変化していった、よって噴出する岩石はデイサイト質(SiO2多い)から玄武岩質(SiO2少ない)になっていったと考えられています。

なぜ時間が経つにつれて二酸化ケイ素の量が変化したのか、それは結晶分化作用(温度による分離)によるもの、別々のマグマだまりから噴出したことによるもの、その両方によるもの などが考えられています。

 

↑宝永スコリアと軽石

 

↑地層発掘中、この場所の下側に御殿場口新五合目の駐車場がある。標高は1400mほど。地面が黒色だが、これは黒土の黒ではなくではなくスコリアの黒である。

 

↑地層は下にあるものほど古いので(地層累重の法則)、もとの地面の黄土色の層、宝永噴火の際最初に降った白い軽石の層、後から降った黒いスコリアの層と積み重なっている。


 2日目は、富士山の南東にある宝永火口の観察をしました。

宝永火口は、宝永噴火の際に形成された火口で、ここから火山灰、スコリア、軽石などが噴出しました。宝永火口は、富士山頂側から第1、第2、第3と3つあり、第2と第3、第1の順で噴火しました。

一番大きい第1火口は直径1300m、底から上までの高さは125mほどあります。また、宝永噴火の際には、富士山の側火山である宝永山が形成されています。

 

 ↑左の窪みが第1火口、右は第2火口、写っていないがさらに右に第3火口がある。このあたりの標高は2450mほどあり、埼玉県の最高峰、三宝山(標高2483m)とほぼ同じ。

 

↑写真中央右のピークが宝永山(標高2693m)。第2、3火口の形成後に宝永山が形成した。

 


 最終日の3日目は、宿周辺の地形地質の観察をしました。

 この御殿場市には、流れ山と呼ばれる小高い山がいくつかある場所があります。これは、今から約2900年前、富士山の山体崩壊の際、御殿場泥流という土石流のようなものが発生し、それが途中で止まってその場所に溜まったものです。山体崩壊を起こした理由は地震、水蒸気爆発などの振動だとされています。

↑流れ山をいくつか確認できる。現在、流れ山は神社となっていたり、そのままだったりしている。

 

↑ちょっと掘ってみたり、流れ山の周囲を回ってみたりしたが、発見はなかった。


 今まで、富士山の論文や資料を読む、観察するにとどまっていて、富士山が昔噴火したという実感があまりありませんでしたが、今回実際に現地に行くことによって、実感がわき、論文や資料の内容がよくわかってきました。大変充実した、そして楽しい合宿となりよかったです。この合宿で学んだことをもとに、富士山の知識を深め、新たな発見につながればいいです。


 最後になりますが、今回の合宿は、静岡県御殿場市の農家民宿「このはな」さんを利用させていただきました。お世話になりました。そして、ピザ作りや作物の収穫等、貴重な体験をさせていただきありがとうございました。

 ↑「このはな」の建物。周りは畑と田んぼ。

関東大震災の痕跡

皆さんこんにちは。地学部です。

長い間更新作業を行っていませんでしたが機会に恵まれ

更新させていただくことになりました。

 

 2019年1月に、隅田川周辺へ関東大震災の痕跡の現地観察に行ってきました。

最初に、両国国技館の近くにある本所被服廠(ほんじょひふくしょう)跡に行きました。

この場所は、現在は横網町公園、小学校などになっています。

本所被服廠跡 周辺地図はこちらです。

(↑正面にある建物が東京都慰霊堂)

地震で起きた火災で火災旋風という火の粉が発生し多くの人が逃げてきましたが、ここまで火がやってきてたくさんの人が亡くなったといわれています。

 次に、東京都復興記念館東京都慰霊堂を見学しました。

(↑東京都復興記念館)

ここは、戦争の被害や関東大震災の被害について実物の資料も展示しています。

 最後に、隅田川水上バスに乗り川から街を眺めてどこの位置でどのような災害が起こったのか観察することができました。当日は天気に恵まれ少し肌寒かったです。

(↑水上バスから見た隅田川、正面に見える橋はレインボーブリッジ)

星空フェスティバル

私たち地学部は、7月21日(土)と7月22日(日)に所沢市生涯学習推進センターで行われた星空フェスティバルに参加しました。
このイベントでは、7億分の1の大きさの太陽系の惑星の模型の展示や、30億分の1の太陽と地球の距離と大きさの関係などの展示を行いました。

地学部 活動報告

私たち地学部は5月20日に幕張メッセで行われた地球惑星科学連合2018年大会パブリックセッション「高校生によるポスター発表」に参加しました。

テーマは「立川断層によって形成された霞川低地を埋積した縄文時代の洪水堆積物」です。

平成29年度理科研究発表会 高等学校の部

2月10日に埼玉大学で行われた理科研究発表会に参加しました。所沢高校地学部はポスター発表で参加しました。夏合宿で行った富士山と青木ヶ原溶岩についてまとめ、作成した立体模型を展示しながら行いました。

地学部 名栗合宿

11月18,19日に名栗げんきプラザで2年の希望者と地学部で合宿を行いました。1日目にはプラネタリウムを見ました。そこで担当の方にプラネタリウムの操作を少し教えて頂きました。夕食のあとに望遠鏡を組み立てました。その時は曇っていたのですが、2001年のしし座流星群のビデオを見た後に屋上へ上がると満点の星空でした。雲1つなく、うっすらと天の川も見ることができました。この日はしし座流星群が多く流れる日だったので、たくさん見る事が出来ました。星雲の写真も撮ることが出来ました。


下⬇の写真は、オリオン大星雲の写真です。

星空フェスティバルに参加しました


7月22,23日に所沢市生涯学習推進センターで行われた第8回星空フェスティバルに所沢高校地学部として参加しました。太陽系の大きさを体感しようということで7億分の1にした大きさの惑星の模型を展示したり、30億分の1の大きさにしたときの太陽と地球との距離を実感してもらうために50m先につけた地球を望遠鏡で覗いてもらいました。23日は、クイズラリーの問題にもしてもらい、多くの人が足をはこんでくださいました。

地学部 活動報告

5月に3年生の先輩方が千葉の幕張メッセで行われた日本地球惑星科学連合2017年大会パブリックセッション「高校生によるポスター発表」で奨励賞を頂きました。テーマは「霜柱の成長について」。冷凍庫内で人工的に霜柱を成長させそのしくみを研究したものです。全国から81本のポスター発表がありその中から選ばれました。